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海外OTAでの集客は、小規模施設にとって大きな武器ですが、一歩間違えれば利益なき繁忙を招く諸刃の剣です。大手と同じ土俵で価格競争を挑み、複雑な手数料体系に翻弄され、疲弊してはいないでしょうか。この記事では、数百施設の収益改善を実現した経験から、安売りから脱却し、施設の価値を最大化するための戦略的な価格設定と、利益を確実に確保する思考法を体系的に解説します。
海外OTAでの販売において、多くの小規模施設が同じような失敗のパターンを繰り返しています。それは、施設の魅力を価格の安さに置き換えてしまうという、最も陥りやすい罠です。なぜその思考に陥るのか、そしてその先に何が待っているのか。この構造的な問題を理解することが、正しい戦略への第一歩となります。
自施設に絶対的なブランド力がないという思い込みから、ユーザーの目を引く最も簡単な手段として「価格」に頼ってしまいます。しかし、資本力で勝る大手チェーンと同じ土俵で価格競争をすれば、消耗戦になるのは目に見えています。この戦略は、自らの施設の価値を毀損し、利益率を低下させるだけの、最も避けるべき道です。
海外OTAの手数料は、基本コミッションだけでなく、プロモーション参加による追加手数料、ポイントプログラムの原資負担など、非常に複雑な構造をしています。これらを正確に把握せず、「売値の15%程度が手数料だろう」といったどんぶり勘定で価格を設定すると、想定をはるかに超えるコストが引かれ、最終的な手残りは驚くほど少なくなってしまいます。
予約は入る、稼働も高い。しかし、月末に帳簿を締めると利益がほとんど残っていない。まさに「ワーキングプア」と呼ぶべき状況です。これは、価格設定の初期段階で、守るべき利益のラインを定めず、場当たり的な割引やプロモーションに手を出してしまった必然的な結果と言えるでしょう。
この負のスパイラルから脱却するためには、思考の転換が必要です。戦うべきは「価格」ではなく、自施設だけが提供できる「価値」です。そして、その価値を正しく顧客に伝え、納得してもらえる価格を設定するための、論理的かつ戦略的な価格設定のフレームワークを導入することが不可欠となります。
感覚的な値決めから脱却し、いかなる状況でも利益を確保するための、具体的かつ実践的な3つのステップを解説します。このプロセスを一度確立すれば、それは施設の経営を守るための強力な羅針盤となります。全ての価格戦略は、この土台の上に築かれるべきです。
まず、1室を販売するために必要な全ての変動コストを徹底的に洗い出します。これには、OTAに支払う基本手数料、想定されるプロモーション手数料、クレジットカード手数料、リネン代、清掃にかかる人件費、アメニティ費用などが含まれます。この総コストを正確に把握することが、全ての計算の出発点となります。
次に、先ほど算出した総コストに対し、1室販売することで「最低限確保したい利益額」を明確に上乗せします。この「総コスト+最低確保利益」こそが、貴施設が絶対に下回ってはならない「最低販売価格(ボトムライン)」です。この価格が、今後の全てのプロモーションや割引を判断する上での絶対的な基準点となります。
ボトムラインを設定して初めて、戦略的なプロモーションが可能になります。例えば、10%割引のキャンペーンに参加する場合、その割引後の価格がボトムラインを下回らないかを必ず確認します。もし下回ってしまうのであれば、そのキャンペーンには参加しない、という明確な判断ができます。これにより、予約が入れば入るほど赤字になる、という最悪の事態を確実に防ぐことができるのです。
価格設定の土台を築いた上で、次はその価値を最大化し、顧客に伝えるための具体的な戦術が必要となります。小規模施設だからこそできる、大手には真似のできない付加価値の創造と、それを収益に繋げるための思考法を解説します。
繰り返しになりますが、これが全ての始まりです。この絶対的な基準がなければ、市場の価格変動や競合の動きに振り回されるだけです。まずは時間をかけてでも、自施設のコスト構造を正確に把握し、揺るぎないボトムラインを設定してください。この価格が、経営の健全性を守るための生命線となります。
競合が値下げを始めたからといって、安易に追随してはいけません。変えるべきは、自施設のボトムラインではなく、そこに乗せるプロモーションの割引率や特典の内容です。市場が好調な時はプロモーションを抑え、不調な時だけボトムラインに近い価格で販売するなど、市場環境に応じて柔軟に「さじ加減」を調整するのです。
価格で勝負できないのであれば、体験価値で勝負するしかありません。オーナーとの気さくなコミュニケーション、地元の食材を活かした手作りの朝食、喧騒から離れた隠れ家的な立地、こだわりのインテリア。こうした「大手にはない価値」を、魅力的な写真とストーリー性のある文章で徹底的に言語化し、OTAのページ上で表現することが極めて重要です。
全ての販売チャネルで同じ価格、同じ価値を提供する必要はありません。例えば、手数料の高い海外OTAでは、特典を何もつけない「最低価格(ボトムラインに近い価格)」で販売する一方、利益率の高い自社公式サイトでは、「ウェルカムドリンク付きのベストレート」を提供する。このようにチャネルごとに提供価値に明確な差をつけることで、賢い顧客を公式サイトへ誘導し、利益率をさらに高めることが可能です。
小規模施設が海外OTAで生き残る道は、価格競争からの脱却にあります。その第一歩は、全てのコストを洗い出し、確保すべき利益を乗せた「最低販売価格」という絶対的な基準を設けることです。この基準に基づき、全てのプロモーションを戦略的に判断することで、利益なき繁忙から抜け出すことができます。
そして、価格ではなく、「手作りの朝食」や「オーナーとの交流」といった自施設ならではの「価値」を言語化し、顧客に伝える努力を続けること。さらに、チャネルごとに提供価値を変えることで、収益性を最大化する。この地道かつ戦略的なアプローチこそが、持続可能な経営を実現する唯一の道です。