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「インバウンドと国内客で料金を変えるべきか?」多くの施設がこの経営課題に直面しています。記録的な円安と旺盛なインバウンド需要を背景に、国内外で画一的な価格設定を続けることは、大きな機会損失に他なりません。この記事では、施設の収益性を最大化し、かつ大切な国内のファンを守り抜くための、戦略的な「二重価格」の考え方と、明日から実践できる具体的な導入手法を深掘りします。
かつて業界の常識であった「レートパリティ(価格の統一性)」は、もはや絶対的な原則ではありません。市場環境が激変する中で、収益を最大化するためには、より柔軟で戦略的な価格設定が求められます。ここでは、なぜ「二重価格」という考え方が生まれ、現代のホテル経営において不可欠な戦略となりつつあるのか、その背景と目的を解説します。
レートパリティが重視された時代とは異なり、現在は長期的な円安が定着し、海外からの旅行者にとって日本の宿泊料金は非常に割安になっています。また、各国の経済状況や所得水準も様々です。このような状況下で、購買力の異なる全ての市場に同じ価格を提示することは、本来得られるはずの利益を取りこぼすことに繋がります。市場ごとの支払い意欲(Willingness to Pay)に合わせて価格を最適化することが、合理的な判断となるのです。
「二重価格」の目的は、二つの市場それぞれで収益を最大化することにあります。インバウンド市場に対しては、円安を追い風に、彼らの購買力に見合った、より高い価格を設定することで客室平均単価(ADR)を引き上げます。一方、価格に敏感な国内旅行者に対しては、過度な高騰を抑えた手頃な価格を提供し続けることで、年間を通じた安定的な国内需要を確実に確保し、顧客離れを防ぎます。
この戦略の本質は、差別ではなく「棲み分け(マーケットセグメンテーション)」にあります。異なる特性を持つ二つの市場に対し、それぞれ最適な価格と価値を提供することで、機会損失をなくし、施設全体の収益を最大化する。これは、航空業界などで古くから導入されているレベニューマネジメントの考え方であり、宿泊業界においても、今や持続的な経営に不可欠な戦略となっています。
「二重価格」を導入するといっても、単純に国内外で料金を分けるだけでは、顧客の不信感を招きかねません。重要なのは、OTAやサイトコントローラーの機能を駆使し、スマートかつ論理的に価格差を設定することです。ここでは、顧客からの反発を抑えつつ、収益向上を実現するための具体的な3つの手法を紹介します。
Booking.comやExpediaといったグローバルOTAには、特定の国や地域からのアクセスに対してのみ異なる料金を提示する機能が標準で備わっています。例えば、基本料金を20,000円としつつ、米国やシンガポールといった高単価市場からのアクセスに対しては15%上乗せした料金を自動で表示させる、といった設定が可能です。これは最も直接的かつ効果的な手法の一つであり、まず検討すべき選択肢です。
インバウンド客は食事なしの素泊まり(Room Only)を好み、国内客は食事付きプランを好む、という傾向を活用します。サイトコントローラーを使い、海外OTAには高単価な「食事なし」プランの在庫を厚く提供し、楽天トラベルやじゃらんnetといった国内OTAには、お得感のある「食事付き」プランを主力として提供します。これにより、同じ日に同じ部屋タイプでも、提供するプラン内容を変えることで、実質的な価格の棲み分けを実現します。
航空券と宿泊をセットで予約するインバウンド客は非常に多く、彼らは旅行全体の費用で判断するため、宿泊単体での価格感度が比較的低い傾向にあります。Expediaなどで提供されているダイナミックパッケージ専用の割引料金(パッケージレート)を設定することで、一般の宿泊予約者には見えない「クローズドな価格」で販売することが可能です。これにより、パブリックな料金を毀損することなく、インバウンドのパッケージ需要を効率的に取り込めます。
インバウンドと国内、二つの異なる市場に対し、画一的な価格で挑む時代は終わりました。「二重価格」は、もはや特別な手法ではなく、収益最大化を目指す上で不可欠な経営戦略です。その本質は、各市場の特性に合わせた「棲み分け」にあります。本記事で紹介したOTAの国別料金設定、プランの出し分け、パッケージレートの活用といった具体的な手法を実践することで、国内顧客との信頼関係を維持しつつ、インバウンド需要を最大限に収益へと転換することが可能です。施設の状況に合わせて、明日から実践できるものから着手してみてください。