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宿泊施設のマーケティング責任者として、OTAへの手数料負担や、価格競争からの脱却は常に大きな課題です。自社サイトに流入はあっても、結局OTAで予約されてしまう「価格比較の場」になっているケースは少なくありません。
本記事では、サイトを単なる「費用」から「収益の柱」へと転換させるための、実践的な「料金・在庫戦略」を解説します。価格で負けないルール設計と、戦略的な在庫コントロールで、OTAより「お得」な体験を設計し、直販率を劇的に高める方法を具体的に学びます。
直販率を高める上で、「価格」はユーザーが予約を決定する最後の砦です。ここでOTAに負けない「ルール」をどう設計し、ユーザーに「信頼」を勝ち取るかが直販率の鍵となります。単なる値下げではなく、戦略的な価格設定と価値提示のロジックが求められます。
多くのユーザーは、「公式サイトが一番安いとは限らない」と疑っています。だからこそ、予約直前にOTAを再チェックし、離脱するのです。この「最も安いかもしれない」という期待で他サイトへ回遊する行動を防ぐ最大の防御策が「ベストレート保証(最低価格保証)」の明示です。
これは「当サイトが一番お得です」という施設側からの宣言であり、ユーザーの不安を払拭し、比較行動をサイト内で完結させる強力なUX(ユーザー体験)施策です。
効果的な明示方法は、ユーザーの視線が必ず通る場所に設置することです。具体的には、「全ページのヘッダー」「予約カレンダー(予約エンジン)の直上」、そして最も重要なのが「プラン詳細ページの予約ボタン直下」です。この3点に、目立つ色(赤やオレンジなど)で「最低価格保証」のアイコンやテキストを配置することで、ユーザーは安心して予約プロセスを進めることができます。
価格戦略には、OTAと同一価格を維持する「価格パリティ」と、価格差をつける「非パリティ」が存在します。多くの施設がOTAとの契約上、パリティ(同一価格)を基本戦略としています。これは、ブランドイメージの維持とOTAとの良好な関係構築にも寄与します。
しかし、マーケティング責任者としては、戦略的に「非パリティ」を仕掛ける視点も必要です。契約違反のリスクを避ける最も有効な手段は、価格そのものではなく、「商品(プラン)」自体を変えることです。例えば、「スタンダードプラン」はパリティを維持しつつ、公式サイト限定の「特典付きプラン」を設計し、実質的なお得感を演出します。
また、非パリティ戦略をクローズドな領域で実行する方法もあります。公式サイトの「会員登録者」限定で、一般には公開しない特別価格(OTAのポイント分を差し引いた価格など)をオファーするのです。これはCRM戦略とも直結し、優良顧客の囲い込みに繋がります。
中〜上級者向けの戦略として最も重要なのが、この「価値」の付与です。価格パリティを維持しながら、いかに直販の優位性を生み出すか。その答えが「OTAでは提供できない、オペレーション負荷の低い特典」を付与することです。
例えば、以下のような特典が考えられます。
・レイトチェックアウト1時間無料(清掃オペレーションの調整で対応可能)
・ウェルカムドリンクサービス(原価は低いが、特別感が演出できる)
・駐車場無料(駐車スペースに余裕がある施設限定)
・館内利用券500円分(客単価アップにも繋がり、利益率を圧迫しにくい)
重要なのは、ユーザーの心理です。「OTAより安い」ことだけが「お得」なのではありません。「OTAと同じ価格なのに、公式サイトなら特典が付いてきて、より良い滞在ができそう」と感じさせることが、価格競争から脱却する本質的なUX設計です。
現場の責任者が最も頭を悩ませるのが、「OTAのポイント10倍」や「限定クーポン」によって、ベストレートを謳っていても「実質価格」で負けてしまうケースです。これには、戦略的な対抗策が必要です。
一つは、「価値の翻訳」です。「OTAのポイント〇%分を、当サイトでは館内利用券〇〇円分で即時還元します」のように、OTAの金銭的価値を、自社サイトの「すぐに使える価値」として具体的に換算し、明示します。
二つ目は、前述した「会員戦略」です。公式サイトの会員になれば、「ポイント以上の体験価値(例:アーリーチェックイン確約、選べる浴衣)」を提供することを訴求します。金銭的価値を最優先する層はOTAに任せ、より深い「体験価値」を求める層を直販で確実に獲得するという、戦略的な切り分け(ターゲティング)が重要になります。
価格戦略でユーザーに「安心」を与えたら、次は「魅力」で予約を決定させます。OTAには掲載されていない、公式サイトならではの「特別な体験」をどう商品化(プラン化)し、どう「魅せる」か。ここはマーケティング責任者の腕の見せ所であり、マーチャンダイジング(商品計画)の領域です。
直販限定プランの特典は、「宿の強み」と「ターゲット顧客の喜び」が交差する点に設計するのが鉄則です。オペレーション上、OTAのシステムでは細かく設定・管理できない「確約」系の特典は、特に強力なフックとなります。
・夕食時のドリンク1杯無料(原価は低い)
・個室食事処の「確約」(ファミリー層やカップルに響く)
・高層階 or 眺望の良いお部屋を「確約」(OTAではリクエスト対応になりがち)
・記念日向け:ミニホールケーキと記念写真サービス
・連泊向け:2泊目以降の清掃不要で割引(エコプラン)、または館内利用券増額
これらの特典は、単なる値下げよりも顧客の「体験価値」への期待を高め、価格以外の理由で公式サイトを選ぶ動機付けとなります。
どれだけ魅力的なプランでも、ユーザーに認識されなければ存在しないのと同じです。特に、プラン一覧ページでの「視認性」は、予約エンジン内のCVRを直接左右します。
まず鉄則として、プラン名には「【公式サイト限定】」というキーワードを冠します。これにより、ユーザーはプラン一覧を流し読みするだけで、どのプランが「お得」かを直感的に理解できます。
さらに、「メリット」を具体的に記述します。
(悪い例)スタンダードプラン(特典付き)
(良い例)【公式サイト限定】12時レイトアウト確約&夕食時ワンドリンク付プラン
このように、ユーザーが「メリットを探す」手間を省き、一目で「自分にとってのお得感」を理解させるネーミングが、CVRを最大化します。これは、予約ボタンの色を変えるABテストと同様に、重要なUX改善の一環です。
魅力的なプランを提示した上で、ユーザーの「今すぐ予約する理由」を設計することも重要です。ここでは、「限定感」と「希少性」の演出が効果を発揮します。
具体的には、予約エンジンのUI/UX設計において、
・「残り〇室」(サイトコントローラーの在庫とリアルタイム連動)
・「本日〇組がこのプランを予約しました」(ソーシャルプルーフ)
・「〇月〇日までの期間限定プラン」
といった表示を組み込みます。
ただし、注意点があります。常に「残り1室」と表示するような、実態と伴わない嘘の希少性は、長期的に施設の信頼を失墜させます。あくまでPMSや予約エンジンと連携した「リアルな情報」か、ロジックに基づいた情報を提示することが、中長期的なブランド構築において不可欠です。
私が改善を手掛けたある温泉旅館では、高単価な日本酒好きの顧客層がOTA経由で予約しており、直販率の向上と手数料削減が課題でした。
そこで、OTAではスタンダードプランのみを販売する一方、公式サイト限定で「【支配人厳選】地元蔵元の地酒3種飲み比べセット(通常3,000円)付プラン」を新設しました。価格はスタンダードプランより1,500円高く設定しましたが、特典の原価は約500円です。
結果として、顧客は1,500円の追加で3,000円相当の「お得な体験」ができ、施設側は原価500円で高単価プランを直販で販売でき、OTA手数料(プラン料金の約8〜10%)も削減できました。このプランは「指名買い」されるようになり、該当客層の直販CVRは1.5倍に向上しました。これは、安さではなく、「その宿でしかできない体験」と「公式サイトの限定性」がロジックを持って設計された好例です。
どれだけ優れた料金戦略や魅力的な限定プランを用意しても、最終的に「在庫」がなければ売上にはなりません。特にマーケティング責任者が見落としがちなのが、システム(サイトコントローラー)の設定不備による「機会損失」です。在庫こそが、直販率を左右する最強の戦略資源と言えます。
多くの施設が、OTAの管理画面で設定できる「売れたら自動で在庫を戻す(補充する)」機能を利用しています。これは一見、販売機会を逃さない便利な機能に見えます。
しかし、ここに大きな落とし穴があります。キャンセル等で在庫が1室戻った際、その在庫がサイトコントローラー経由で全チャネル(自社サイト含む)に公平に開放される前に、OTAの「自動補充機能」が先にその在庫を確保してしまう現象が多発します。
結果として、公式サイトはずっと「満室」表示のまま、実際にはOTA上だけで在庫が売買され続けることになります。これでは、公式サイトに訪れたユーザーは「満室か」と諦め、離脱してしまいます。この機能の特性を理解し、オフにするか、次項のルールを徹底する必要があります。
繁忙期(土曜日や連休など、黙っていても売れる日)こそ、直販率を高め、利益を最大化する最大のチャンスです。この時期の鉄則は、「在庫ブロック」です。
サイトコントローラーで「全室(100%)」を「全チャネル(OTA+自社)」に連携させてはいけません。例えば、全100室の施設なら、80室は全チャネルに連携し、残りの20室は「公式サイト専用在庫」としてブロックします。
これにより、OTA上では「満室」と表示されていても、公式サイトに訪れたユーザーだけは予約できる状態を意図的に作り出します。繁忙期の売上の20%を、手数料ゼロの直販予約に切り替えることができるインパクトは、経営的に計り知れません。これは、マーケティング責任者がレベニューマネジメント担当と連携し、絶対に実行すべき戦略です。
繁忙期とは逆に、閑散期は「集客力」が求められます。ここでも在庫コントロールが役立ちます。
例えば、OTAでの販売開始日より1週間早く、公式サイトの会員(既存の顧客リスト)向けに「早割プラン」を先行販売します。これは、ロイヤルティの高い顧客への感謝を示すと同時に、稼働率を早期に確保する(先行きの不安を解消する)効果があります。
また、公式サイトのトップページには出さず、メルマガやLINEの登録者限定でアクセスできる「シークレットセール」ページを作成するのも有効です。ここでは、OTAの価格パリティを気にせず、実質的なディスカウントプランを提供できます。これは、顧客リストという「資産」を持つ直販だからこそ可能な戦略です。
ここまで解説した戦略を「手動」でミスなく実行し続けるのは、現実的ではありません。在庫ブロックの設定ミスで繁忙期の部屋を安く売ってしまったり、逆に閑散期に在庫を出し渋ったりするリスクが常につきまといます。
直販戦略を成功させる鍵は、これらの「システム連携の最適化」にあります。
・PMS(宿泊管理システム)とサイトコントローラーは「双方向」で連携していますか?
・サイトコントローラーと「自社予約エンジン」はリアルタイムで在庫・料金が連動していますか?
理想は、PMSで設定した料金・在庫戦略(例:繁忙日は直販在庫を+10室確保、閑散日は直販料金をOTAより3%下げる)が、サイトコントローラーを経由して、全OTAと自社予約エンジンに「自動的」かつ「最適化」された形で反映されるシステム環境です。この「収益動線の自動化」こそが、責任者が目指すべきゴールです。
本記事では、宿泊施設の直販率を劇的に高めるための「料金・在庫戦略」について、実践的なノウハウを解説しました。直販率の向上は、「料金」「プラン」「在庫」という3つの戦略が連動して初めて機能することを理解いただけたかと思います。
まず、「ベストレート保証」の明確な提示でユーザーの価格に対する「信頼」を勝ち取ります。次に、OTAでは提供できない「公式サイト限定プラン」で、価格以外の「体験価値」を提供し、予約の動機付けを行います。
そして最も重要なのが、戦略的な「在庫コントロール」です。特に、繁忙期に「公式サイト専用在庫」を意図的に確保するルール作りは、すぐにでも実行すべき、利益インパクトの大きな施策です。これらの戦略は、PMS、サイトコントローラー、予約エンジンという「システム」の連携を最適化することで、自動化し、その効果を最大化できます。
単なる「価格」競争から脱却し、戦略的な「価値」と「在庫」のマネジメントで、自社サイトを最強の“販売装置”へと変革させてください。